学ぶチカラで地域は変わる 

学ぶチカラで地域は変わる
東松山市ホタルの里づくり

私たちの「地域づくり」

「地元のお祭りの稽古や行事の参加者がめっきり少なくなってきた」「いくつか地域の問題が出てきていて、今はまだなんとかなっているけれど、この先が心配」など、地域の変化に気づいた、もしくは不安がよぎった市民やNPO、行政から連絡がきて、その地域が持続可能なカタチになるように人々の関係をつなぎなおすお手伝いをしている。この仕事と社会教育施設での仕事がどう関係するのか、数年前に関わった埼玉県東松山市でのホタルの里づくりを紹介しながら説明しよう。

東松山市「ホタルの里」地域のつながりを「ホタル」というテーマで取り戻す試み

「最近地域の結束が弱くなっている」「都市部に仕事に出る人が多くなり、昼間に人がいなくなってしまう」「そういえば、空き地を貸したら産業廃棄物のゴミ捨て場にされてしまったという話を聞いた」など、ちょうど「産廃銀座」なる言葉が流行った頃、地域の人たちの不安を感じとった行政から依頼がきた。

私たちはまず、住民から話を聞くことにした。地域の問題は、その地域の弱い部分からいろいろなカタチで現れてくる。でも、その問題の源流に遡っていくと、大抵どの地域も同じ問題にたどりつく。それは、地域の人たちの「自尊意識」の揺らぎ。地域の環境や生業など、暮らしている地域への自信が揺らいだとき、地域のほころびが生じてくる。ここの場合も、地元への自尊意識の揺らぎが根源にあるようだった。「こどもたちに農業は継がせられない」「休耕田や空き地、里山の手入れが大変」「若い人は仕事で都会に出てしまうけれど、しかたがない」など、話を聞くと、自分たちの地域のいいところよりも悪いところに目がいってしまっているようだった。

地域に対する自尊意識の再構築のための拠点として、私たちは地域にある博物館など社会教育施設を活用する。ただ、ここの場合は近くに社会教育施設がなかったので、ちょっとした仕掛けのある「社会教育の場」をつくることにした。

ホタルを復活させよう

ここは都幾川の流域にある豊かな農耕地域で、比企丘陵地帯に位置し、その西側は秩父の山岳地帯になる。こういう地形だと湧水が豊富で、豊かな生態系があることが多い。

東松山市「ホタルの里」蛇のような軌跡を描いて飛ぶホタル

実際、湧水の多い地域で、地元の高齢者に聞くと、彼らがこどもの頃は初夏になるとホタルが飛びかい、田んぼの方からホタルが湧き上がるように飛んできて、まるで眼下にも星空があるようで、溢れるようなホタルは家の中にも入ってきた、と話してくれた。そこで、「その景色を復活させましょう。みなさんがこどもの頃に見た景色を今のこどもたち(お孫さんたち)にも見せましょう」という提案をした。この投げかけに地域の人たちは奮起した。自分がこどもの頃に見たものを子や孫にも見せたいという思いは当然だろう。

私たちは、日常的に人々が繰りかえし来館する地域の学びの場としてのミュージアムづくりをしている。「地域」と「ミュージアム」は切っても切れない関係にあると考えているのだ。そのため、地域づくりの仕事として受けたはずなのに、地域のミュージアムが機能するような仕事をする場合もあるし、ミュージアムの仕事のはずがいつのまにか地域づくりの仕事になっていたりする。

みんなの約束でつくる自然公園

私たちは、公園も大きく分類すれば社会教育施設と捉えている。施設というよりは「社会教育の場」ということになるかもしれないが、ここでは自然公園(厳密にいうと、自然を守り楽しむための共有地)をつくることにした。

高校の生物部と地域のこどもたちでおこなった生き物探しのワークショップ

地域のためにつくる「自然公園」だが、大抵の場合、その土地は行政が買い取ることになる。そうすると昨日までは自分の土地だったとしても、公園としてオープンしたら、そこは行政の土地。ゴミが散らかってもそこを清掃するのは行政の仕事。なにかあっても対処するのは行政。自分とは関係が断ち切られてしまうわけで、それは市民が関わるスキがなくなるということ。地域のためにつくったはずの公園なのに、地域から離れてしまうという現象が起きるのだ。

これは大きな問題である。そのためここでは、土地を買わずに行政が間に入って「約束」だけをする自然公園を企画した。湧水の出る場所は、崖地で家を建てることも農業もしにくい土地。そこを行政と地主さんが取り決めをして、自然公園(共有地)にする。自然公園なので、そこには地元の自然を守りたい、楽しみたいという地域の人たちがやってくる。もちろん地主さんも公園にするという約束はしたが自分の土地のことだからやってくる。たまに遠くからこのことを聞きつけた自然好きな人たちもやってくる。そこに人々の関わりが生まれる。

地元の人たちは、遠くからきた人たちに興味津々で「どうしてここにきたの?」と質問をする。するとその人たちは、この環境がいかに魅力的かを一生懸命語るわけだ。そういう一般の人たちから語られる言葉は、地域の人たちにとっての大きな自信になる。私たちがその地域のポテンシャルを語るよりも何倍もの効果があるのだ。

そしてもう一つ。あえて施設はつくらなかった。施設は専門の業者さんにしかつくれない。当然その施工に地域の人たちは関われないわけで、その場を自分事として考えるときに、自分たちが関われないモノがあるのはやはり少し遠い感覚になる。これが社会教育施設をテーマにする私たちの最大の難関でもあるのだが、他人がつくった施設を自分の場として意識するには、乗り越えなければならない高い壁があるということ。私たちが提案するアップデイト型展示システムはその壁を乗り越えるためのツールの一つではあるのだけれど、それを使ったとしても万事OKということにはならない。でもそこが自然公園であれば、雑木林や里山であれば、自分たちで手を入れて関わることができる。そこが自分たちでつくりあげた公園だと意識することができたら、その場と地域の人たちの結びつきはとても強くなるのではないか、そこには施設はかえって邪魔になるではないかと考え、あえてつくらないことにしたのである。

地域の人たちとつくる

「ホタルの里」と名付けた自然公園づくりは、湧水の水質と水量の調査から開始した。

私たちと地元の人たちが一緒に調査をおこなうワークショップ形式で進め、ホタルが生育するのに充分な水量と水質であることが確認できたので、荒れ地となっていた竹林の整備や水路の計画に入った。竹林の整備や水路づくりも、地元の人たちと一緒におこない、ホタルに関する勉強会なども地元の自治会と一緒におこなった。そのようなプロセスの中で、ホタルのことや生態系のこと、自分たちの暮らしと自然や環境との関係などについて関心を持ちはじめ、少しずつ意識や暮らし方にも変化が出てきた。 

東松山市「ホタルの里」水質調査から始まった活動は、広大な竹林整備まで広がった

たとえば、これまで家庭排水を垂れ流しにしていた家が環境に負荷が少なくなるように合併浄化槽を取り付けたり、農薬はどうしたらいいか考えるようになって、無農薬に挑戦してみたいという農家さんが出てきたり、都市部に引っ越そうと思っていたけれど、こどもたちがホタルをいたく気に入ったので引っ越さないことにした若い家族がいたり。忘れかけていた地域に対する自信や愛着が少しずつ再構築されているようだった。

活動の広がり

調査を開始し、竹林や水路の整備をし、数年かけて地域の人たちと一緒に「ホタルの里」をつくっていくことで、最初はほんのわずかだったホタルの数も増え、ホタルの季節には自治会が中心になって毎週のように「ホタルの観察会」がおこなわれるようになった。

「ホタルの里」を運営するいろいろな地域で使えるように、内容を差し替えて使えるバインダーにした「ホタルの里維持管理の手引き」

昔のように星空のようなホタルというわけにはいかないが、活動をはじめた次の年にはホタルが観られるようになり、その後、あまりホタルを見たことのない世代の私からすれば大量なホタルが舞うようになった。

そして、水質調査や竹林整備、水路づくり、ホタルの観察会など、地域の人たちがみんなでこの場に関わるようになったことで、少し疎遠になっていた人々のつながりも復活してきた。

また、この方式は土地を購入する必要もなく、予算もそんなに必要ないので、同じような状況の場所であれば同様に展開できる。私たちは市内どの地域でもこの活動をはじめられるように、活動のプロセスやノウハウ、チェックシートなどをまとめた「活動の手引き」をつくり、それを活用しこの活動は市内のいろいろな場所へと広がっていった。

地域の学びの核

今回紹介したのは、自然公園での例だが、博物館や郷土資料館などを核として地域が元気を取り戻すことは十分に可能だし、そのように社会教育施設が活用されることは、社会教育施設の活動の大きな柱の一つだと考えている。

そして私たちの経験からいうと、地域に関わる人々が集まり学ぶ場を「社会教育施設」というなら、社会教育施設となり得る場所、組織は私たちが考えている以上にずっと多岐に渡るだろう。学びによって地域は変わる。そしてその核として社会教育施設があるのではないだろうか。

*東松山市ホタルの里づくり:基本計画・拠点整備調査・ワークショップ&通信&展示企画製作実施・アップデイト展示システム導入(2003〜2011年度)

*掲載誌
博物館専門誌ミュゼ 113号、ランドスケープデザイン68号